私人逮捕とはどういうこと?OK・NGのシチュエーションなど、弁護士に聞いてみた!
弁護士
川原朋子
こんにちは、アソベン編集部です。
本日、弁護士に聞いてみる内容がこちら!
「私人逮捕って??」
「具体的にOKな場合とNGの場合は??」
「私人逮捕して、逆に逮捕されることってあるの?」
言葉はよく聞くけど、その実態や法的な位置づけなど、意外と知らない「私人逮捕」について、詳しく教えてもらいます!
私人逮捕について教えてくれる弁護士
【きょうの弁護士】川原 朋子
青森県出身。「人を直接助ける仕事がしたい」と、働きながら夜間のロースクールに通い、司法試験に合格。弁護士に加え、メンタル心理カウンセラーなど多数の資格を持つ。現在、アディーレ法律事務所では、弁護士の立場からマーケティング施策などに従事。プライベートでは海外ドラマが好きで、なかでも好きなのは「刑事もの」や「弁護もの」。特に女性弁護士アリーが主人公の『アリーマイラブ』は、子どもの頃から何度も見返すほどのお気に入り。(埼玉弁護士会 所属)
私人逮捕のいろは
いわゆる「私人逮捕」とは、簡単に言えば、 警察官じゃなくても、一般市民が一定の条件下で令状なしに犯人を捕まえられること。
最近では、「私人逮捕系YouTuber」なども話題になりましたが、私人逮捕は万能な「正義の味方カード」ではありません。
「緊急時に警察官がいない」「間に合わない」などの事情があっても、市民が社会の安全を守るため、例外的に認められたもの。犯人であることが明白で、誤認逮捕による人権侵害のおそれがない場合に認められています。
通常は、一般人が逮捕することはできない
まず原則として、憲法上、逮捕は「裁判官が発した令状」がなければできません(憲法33条)。これを「令状主義」といい、逮捕はそのルールの下で特に認められています。
このような厳格なルールが定められているのは、 逮捕は人の身体を拘束するもので、「行動の自由」という人権を侵害する行為であるためです。
そのため通常は、一般人が「逮捕行為=人の身体を拘束する行為」をすることはできません。違法に行えば、『逮捕監禁罪(刑法220条)』という犯罪が成立するおそれがあります。
この罰則は、「3ヶ月以上7年以下の懲役」で、重い部類の犯罪。それだけ、人の「身体の自由」という利益は、守られるべき大切なものなのです。
私人逮捕ができるのは、一定の条件下
私人逮捕は、この令状主義の例外です。
具体的には、次の一定の場合において、 令状がなくても、警察官などプロでなくても、誰でも犯人を逮捕できます (刑事訴訟法213条、214条)。
・現行犯人・準現行犯人であること
(逮捕後は速やかに警察官に引き渡す必要があります)
詳しくは後ほど紹介しますが、例えばコンビニで強盗を目撃したら、「現行犯人」や「準現行犯人」として、その場で取り押さえることができます。
でも、昨日の窃盗犯を今日見かけても、それは私人逮捕の対象外。「過去の犯罪」について、犯人を見つけたとしても、私人逮捕することはできません。
私人逮捕が認められる3つの要件
それではここから具体的に、私人逮捕が認められるために必要な要件を見ていきましょう。
私人逮捕が認められるには、次の3つの重要な条件を満たす必要があります。
(1)現行犯人又は準現行犯人であること
(2)軽微な犯罪でないこと
(3)逮捕の必要性があること
(1)現行犯人又は準現行犯人であること
1つ目の条件が、先ほど少しご説明した、犯人が「現行犯人」か「準現行犯人」であることです。
まず「現行犯人」とは、現に罪を行い、又は現に罪を行い終わった者であること。例えば、目の前で被害者のバックを奪うひったくりを見かけたら、それは「現行犯人」です。
次に「準現行犯人」とは、法律で次の4種類が定められています。
1. 犯人として追呼されているとき
2. 盗んだ物又は明らかに犯罪に使ったと思われる凶器その他の物を所持しているとき
3. 身体または服に犯罪の顕著な跡があるとき
4. 誰何されて(呼ばれて)逃走しようとするとき
例えば、犯人に対して、被害者が「ひったくり!まてー!」と呼んでいたら、それは上記①を満たす「準現行犯人」です。
要するに、基本的には 「今まさに(現行犯人)」か「ほんの少し前に(準現行犯人)」犯罪が行われたことが明らかな場合が、私人逮捕が認められる1つ目の条件となります。
(2)軽微な犯罪でないこと
次に、一定の軽微な犯罪では、現行犯人として逮捕できる場合が限られています。
具体的には、 「30万円以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪」の現行犯では、次のケースのみ、私人逮捕することができます。
1. 犯人の住居もしくは氏名が明らかでない場合
又は
2. 犯人が逃亡するおそれがある場合
例えば、過失で人にけがをさせた『過失傷害罪』は、「30万円以下の罰金」です(刑法209条)。
過失で人にけがをさせた犯行の現場を見ていたとしても、もし犯人の住所又は氏名が分かっていて、逃亡するおそれもなければ、私人逮捕することはできません。
(3)逮捕の必要性があること
逮捕は、身体を拘束するという重大な人権侵害行為なので、その必要性がなければ逮捕してはいけません。
逃亡するおそれや、証拠を隠滅するおそれなどの事情が、逮捕の必要性として考慮されます。
例えば、軽微な犯罪で、逃亡のおそれも証拠隠滅のおそれもないのに、私人逮捕することは必要性を欠く逮捕として、違法となる可能性が高いでしょう。
私人逮捕は、この 「(1)現行犯人又は準現行犯人であること」「(2)軽微な犯罪でないこと」「(3)逮捕の必要性があること」3つの条件を全て満たす場合 にのみ認められます。
でも、状況判断は難しいことも多いです。正義のために逮捕したとしても、自分が「違法な逮捕=犯罪を行った」とされるおそれもあるのです。 また、自分の身の安全を最優先し、危険を感じた場合には、無理しないで警察に通報しましょう。
私人逮捕がOKな4つの具体的事例
では実際に、どのような場面で私人逮捕は認められるのか。突然その状況に遭遇してしまった際にも備え、具体的な事例を4つご紹介します。
(※)ただし、何度も言いますが、常に自身の安全が最優先であることを忘れないでください。危険を感じたら、すぐに警察に通報しましょう。
(1)強盗犯を現行犯で取り押さえる場合
「コンビニで、覆面した犯人が武器を示して店員を脅して金品を要求している」
この場合、「現行犯人」であり、「軽微な犯罪」でもなく、「逮捕の必要性も肯定される可能性が高い」ので、私人逮捕が認められるでしょう。
しかし、犯人が武器を持っているケースで私人逮捕するのは大変危険です。自分で対処せず警察を呼びましょう。
(2)暴行を目撃してその場で犯人を取り押さえる場合
「夜、繁華街でけんかが始まり、一方的に殴る人と殴られる人を見て、殴られた人はケガをした」
この場合、殴った人は「『傷害罪』の現行犯人」であり、「軽微な犯罪」でもありません。「逮捕の必要性も肯定される」可能性があるでしょう。
(3)窃盗犯と呼ばれて逃げる人の逃走を防いだ場合
例えば、店の外にいたら、たまたま店の入り口付近で、 「万引きー!誰か捕まえてー!」などという声とともに犯人が店から離れて逃げようとしたら、その犯人について私人逮捕が認められる可能性が高いです。
(4)痴漢行為を目撃又は犯人と呼ばれているのを聞いて、その場で犯人を捕まえた場合
電車内などでの痴漢行為も、私人逮捕が認められる可能性があります。
「電車内で、男が女性のお尻を触っているのを目撃した」
「被害者が痴漢をした犯人を指して『痴漢―!誰か捕まえて!』と声を上げている」
というようなケースでは、私人逮捕が認められる可能性が高いです。
ただし、実際に私人逮捕が認められるかどうかは、個別具体的な事情によって異なります。
「万引きしたから私人逮捕できる」「痴漢だから私人逮捕できる」という単純なものではなく、ケースバイケースであることには注意が必要です。
私人逮捕がNGとなる5つのケース
私人逮捕には、ご説明したように条件があります。 その条件を欠く場合に逮捕してしまったり、条件を満たしてはいるが逮捕の際に過剰に実力を行使したりすると、違法・犯罪となるおそれがあります。
ここでは、私人逮捕が違法となる5つのケースを紹介します。
(1)単なる疑いだけで拘束した場合
「同じ路線を行ったり来たりしていて、怪しい・・・」
「痴漢する相手を探しているんじゃないか」
このような単なる疑いだけでは、現行犯人や準現行犯人とは言えません。
このような疑いだけで人を拘束すると、違法な私人逮捕になります。『逮捕監禁罪』が成立するおそれもあります。
(2)軽微な犯罪で身元が判明している場合
軽微な犯罪で、しかも犯人の身元がわかっている場合や逃亡のおそれがない場合には、私人逮捕はできません。
例えば、妻・子供と住んでいる近所の男性(住所や名前を知っている)が、路上に煙草の吸い殻を捨てるのを目撃した場合、確かに『軽犯罪法』違反の現行犯人です。
しかし、『軽犯罪法』違反の罰則は、「拘留又は科料」の軽微な犯罪であり、犯人の名前や住所を知っていて、逃亡のおそれがない場合には、私人逮捕することはできません(刑事訴訟法217条)。
(※)この犯人は、住所や名前を知っている近所の人で、妻や子供と同居しているので、逃亡のおそれはあまりないと考えられます。
このような場合に私人逮捕すると、『逮捕監禁罪』が成立するおそれもあります。
(3)逮捕の必要性がない場合
犯罪の種類や状況などから考慮して、逮捕の必要性がない場合の私人逮捕は違法です。
警察官が現行犯逮捕した場合の事例ですが、軽微な『道交法』違反(一時停止違反)について、次のように「逮捕の必要性なし」と判断した判例があります。
「比較的閑散な道路における取締りにおいて、違反者が逃亡や罪証を隠滅するなどの行為を何らなしておらず、単に警察官の指摘した違反事実を否認し、免許証の提示を拒否したことのみをもつて、住所、氏名を質すこともなく、他に人定事項の確認手段をとらないまま、直ちに現行犯として逮捕することは、逮捕の必要性の要件を充たしていないといわざるを得ない。」
(4)指名手配犯を発見して拘束した場合
意外かもしれませんが、指名手配犯を見つけて拘束したら、違法な私人逮捕になります。
なぜなら、指名手配犯は現に犯行を行っているものでも、犯行を行ったと誰何されている(呼ばれている)ものでもないからです。つまり、現行犯人でも、準現行犯人でもなく、私人が逮捕できる犯人ではありません。
このような場合に私人逮捕すると、『逮捕監禁罪』が成立するおそれがあります。
現行犯人・準現行犯人以外の人の逮捕は、警察官や検察官などにのみ認められています。指名手配犯かもしれない人を発見したら、すぐに警察に通報するようにしましょう。
(5)逮捕の際の実力行使が必要かつ相当な範囲を超える場合
逮捕は、実力で犯人の身体の自由を奪う行為なので、相手が抵抗していたら、ある程度実力を行使しても許されます。
しかし、その実力の行使は、その状況から社会通念上、逮捕のために必要かつ相当と認められる限度内でのみ認められます。
実力の行使が必要かつ相当と認められず、相手がケガをした場合には、傷害罪が成立するおそれがあります。
ただし、どこまでの実力行使が「必要かつ相当」と認められるのか、この判断は難しいです。裁判例でも、1審と2審で判断が分かれることもあります。
例えば、器物損壊の犯人を車で追いかけて、木の棒で顔面や頭を殴るなどして2週間のけがを負わせた私人逮捕者について、第1審は『傷害罪』で有罪としましたが、第2審は、適法な実力行使として無罪としました(東京高等裁判所判決平成10年3月11日)。
私人逮捕系YouTuberの活動内容と問題点
近年、私人逮捕を題材にしたYouTube動画が話題を呼んでいます。しかし、これらの活動には多くの法的リスクや倫理的問題が潜んでいます。ここでは、私人逮捕系YouTuberの活動内容と問題点を解説します。
(1)私人逮捕系YouTuberの典型的な活動内容
私人逮捕系YouTuberの典型的な活動内容は、次のようなものと思われます。
・痴漢などの犯罪行為を自ら出歩いて探し出す
・犯罪の瞬間を撮影し、その場で犯人を取り押さえる
・犯罪者を逃がすまいと拘束したり、きつい口調で問い詰めたりする
・警察が臨場した後も、警察とのやり取りを録画する
・逮捕の過程を撮影・編集して公開する
(2)私人逮捕系YouTuberの問題点
相手を追いかけて呼び止める様子や、逮捕する相手とのもみ合いなど、刺激的な内容が視聴者に好かれて、何十万回も動画が再生されることもあるようです。
しかし、このような活動には、次のような問題があります。
・私人逮捕の条件は厳格で、日常的な活動として繰り返せば違法な逮捕が生じる可能性が高くなる
・被害者や加害者のプライバシーを侵害するおそれがある
・視聴者に好かれるために(数字を取るために)より過激な逮捕行為を行うおそれがある
・私人逮捕の動画を作成するために、犯罪を作りだしかねない
私人逮捕系YouTuberの中には、「犯罪行為の被害者を救いたい」「痴漢を撲滅したい」など社会にとってプラスの目標を掲げる方もいます。
しかし、私人逮捕は、本来、たまたま犯罪行為に出くわした一般人に対して例外的に逮捕行為を許容するものであって、 私人逮捕を目的として町を出歩き、見つけ出した現行犯を逮捕する過程を撮影・公開して収益化することまで、法は予定していなかったのではないのでしょうか。
特に、2023年は私人逮捕系Youtuberの活動が問題となり、実際に私人逮捕する側が罪を犯したとして、逮捕された事例も複数あります。
まとめ
私人逮捕は、一般市民が、令状なしで一定条件の下、犯罪者を逮捕できるものですが、厳しい条件があります。誤った判断に基づく私人逮捕は、違法行為として、逆に私人逮捕した側が犯罪者となる可能性もあります。
犯罪に遭遇した際に、一般人が犯人を逮捕しなければならないわけではありません。状況にもよりますが、まず自身の安全を確保し、周りに助けを求めたり、速やかに警察に通報したりすることを検討しましょう。
特に私人逮捕系YouTuberの活動には、説明したような法的リスクがありますので、安易に真似をしないよう注意しましょう。